ひとりごと 〜 11/08

前回の「ひとりごと」に書いたように、お休みのない8月でしたが、弟子や子供歌舞伎体験教室に参加の子供達のパワーで元気に過すことができました。

4人の弟子達もそれぞれに良い勉強ができました。
梅蔵は『音の会』で「車引き」の松王丸を勤めましたが、成田屋さんに良く教えていただき思った以上の出来で安心いたしました。器用でないのでかえって古風な味わいが出ていたように感じました。
梅之,梅秋は『稚魚の会・歌舞伎会』合同公演で「寿曽我対面」の舞鶴、十郎を勤めました。梅之は研究熱心に勉強し持てる力以上の舞台を勤めました。十郎は私の持ち役ですので言いたいことは山のようにございましたが、梅秋も一生懸命くいさがって勉強してくれ、本番は力一杯演じてくれました。
3人とも本興行では出来ない役を勉強できました。秋からの舞台にその成果を出していってほしく思っております。
梅丸は「趣向の華」で竹本,鼓,後見の勉強をさせていただき、普段の勉強の成果の発表の場を作っていただけありがたいことでございます。鼓は「喜撰」で普段は佐太郎先生にお稽古していただいているのですが、「趣向の華」のときだけは傳次郎先生がお稽古してくださり、素晴らしい鼓をお貸しくださいます。その鼓のせいでしょうか、皆さんに音が良いとお褒めいただきました。昨年も同じ鼓でしたがそのお言葉がいただけてなかったので、少しは腕を上げたのでしょうか。先生方のお陰でございます。竹本は若いころに文楽に来ないかと言われたこともある歌舞伎界一番の名人の東蔵兄さんとで緊張したようですが、頑張りました。ビデオを葵太夫先生に届けて聞いていただくのだと申しておりました。操りの付け後見も良い勉強になったようです。このような機会をくださった染五郎さん、尾上の若家元、藤間宗家に感謝です。


9月は「秀山祭大歌舞伎 又五郎・歌昇襲名披露興行」でございます。
又五郎のおじさんが亡くなられ、お跡継ぎさんがいらっしゃらなかったのでこのお名前もなくなってしまうのかと思っておりましたところ、同じ播磨屋一門の歌昇さんが襲名なさることとなり、おじさんもお喜びのことと思います。
先の又五郎のおじさんは父と子供のころからの友達でした。父が最初に入院したときお見舞いに来られ「藤雄ちゃん、頑張らなくちゃだめだよ。」と廊下で涙なさっておられ、退院を報告したときに「良かった。僕、置いてかれるのやだからね。大事にしてね。」と仰ったのが忘れられません。そして、おじさんが戦地に赴くとき、父は東京駅では見送らず新橋駅で待っていてお守りを渡してくれたと、父の五年祭のときに話しておられたのを思い出しました。
その又五郎の名を子役として父の舞台に出ていた光ちゃん(歌昇丈子役の頃の名は光輝丈)が継ぐのですから父も喜んでいると思います。
私は昼の部の「勢獅子」で江戸のいなせな頭を粋に、ご一緒の若い方達にまけずに踊りたく思っておりますが……体力も…まだまだ負けずにがんばります。
夜は「口上」と「孤城落月」。芝翫兄さんの淀君、新又五郎さんの秀頼で大野修理之助を勤めます。芝翫兄さんのなさり方に合わせるように、そして前回修理之助を勤めたときの秀頼は先代の勘三郎のおじさんで、いろいろと言ってくださったことを思い出して稽古に臨みました。


9月演舞場ぜひご見物いただきたくお願い申し上げます。
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