ひとりごと 〜 10/02

歌舞伎座さよなら公演の3月、そして最終月4月の演目も発表され、建替えがだんだんと実感としてまいりました。今の歌舞伎座をフィルムに残す(言い方が古いですね)作業も進められております。その中で私は3階ロビーに飾られている鬼籍に入られた俳優達の写真の前で、父の思い出、歌舞伎座の思い出を語らせていただきました。実際に使うのは2,3分だと思うのですが、本公演終演後に撮影をいたしましたが、2時間もかかり映画の撮影って本当に大変だと思いました。役者へのインタビューだけではなく、普段お客様が見ることの出来ない歌舞伎座の隅々まで撮影し、映画館で上演される作品になるとのことですので、その折りは皆さまご見物くださいませ。


1月「勧進帳」、夏雄さんも1ヶ月勤められ、本当に元気になったとうれしく思いました。
夏雄さんは市川家の歌舞伎十八番の「勧進帳」をとても大切に思っておられますが、弁慶はその市川家の当主としての風格があって、力むことなく自然と演じられ、とても結構な弁慶でございました。その弁慶に負けないよう、冨樫を爽やかに情けを持って勤めるよういたしましたが、問答なども気心の知った相手ですので、気持ちよくぶつかることができました。
太刀持の玉太郎も毎日皆に、オードリーの春日のように背筋を伸ばしてと言われながら無事千穐楽を迎えました。お祖父ちゃんの東蔵さん父親の松江はお休みですが、玉太郎は今月引き続き「壺坂霊験記」の観音様に出演いたしております。

「松浦の太鼓」─ 若々しく楽しく勤めさせていただきましたが、新しい歌舞伎座でもこういうお役を勤められるようにと思っております。

「春の寿」─ 京屋のおじさんが19日、1日だけ病院より楽屋入りなさり、ご出演になられました。何はともあれ、もうすぐ取り壊される現在の歌舞伎座の舞台に1日でも立たれたこと、本当に良かったと思っております。息子さん達は勿論、お嫁さん達、お弟子さん達は気遣いが大変だったと思いますが、良い孝行をなさったと思います。私自身も、おじさんと同じ舞台に立てましたこと、嬉しく思っております。またご一緒できますことを願っております。


さて、今月は中村屋のおじさんの二十三回忌追善興行でございます。おじさんの亡くなられた4月には、たしか大阪の新歌舞伎座に出演していて楽屋で訃報を聞いたと記憶しております。父は吉右衛門劇団時代から色々なお役で共演してまいりましたので、おじさんの死に大変ショックを受けておりました。私も初舞台のときから可愛がっていただき「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と呼んでくださっておりました。(父が普段お兄ちゃんと呼んでおりましたので、芝居の先輩方も名前でなくお兄ちゃんと呼ぶ方が多くおられます)おじさんは舞台でご一緒すると普段から、色々とお教えくださいましたが、「菊畑」の虎蔵、「鎌倉三代記」の三浦之助、「法界坊」の松若、「俊寛」の少将などお教わったお役はたくさんございます。
今月は、当初会社からはお休みと言われておりましたが、昨年11月に哲ちゃん(勘三郎丈)から「2月おやじの二十三回忌の追善興行させてもらうことになったので、出てくれますよね。」と話があり、会社と相談しおじさんの最後の舞台でご一緒した「俊寛」と口上に出させていただくことといたしました。
おじさんにお教えいただいたことを大切に、後輩達にその教えを伝えていきたく思っております。


来月は松島屋のおじさんの十七回忌と勘弥のおじさんの三十七回忌追善とのこと。勘弥のおじさんの東京での最後の舞台でご一緒させていただいたのがもう36年前になるのかと時代(とき)の早さに驚いております。追善演目には出演できませんが、同じ月の舞台に出演できますので、この月もおじさん方にお教わったことを思い出して大切に舞台勤めさせていただきます。


残り少ない今の歌舞伎座での舞台、お見逃しないようになさってくださいませ
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