ひとりごと 〜 08/11

11月に入り、吹く風が冷たくなって参りました。
風邪が流行ってきたようですが、私も初日前に怪しくなり、早々に主治医より薬を頂戴いたしました。お陰さまで大事に至らず、無事舞台を勤めております。


「大老」─ 新しい歌舞伎で、しかも派手な作品ではありませんが、分かりやすく幕末を扱っているからでしょうか、評判も良く、入りも良く、ありがいことでございました。
長野主膳は勤めていて“楽しい”といっては語弊があるかもしれませんが、良い気持で勤めさせていただきました。大きな時代の流れの中で、善し悪しは別として、己の考えに真直ぐ向かって行かなくてはいけない時代だったのかもしれません。あのときにアメリカや英国と戦争をしていたら、今の日本はどうなっていたのでしょうか? そんなことも考えた10月でございました。
魁春のお静の方が、播磨屋とのやりとりが似合っていて、どこか父の舞台に似ているので不思議な気がいたしました。この月復帰した歌江さんが吉之丞さんと一緒に国立劇場優秀賞を受け嬉しいかぎりです。これを励みに益々元気に舞台を勤めてほしいと思っております。


11月は2本とも古典の義太夫物です。
「寺子屋」の源蔵は何度もいたしており、松島屋とも2度目になります。戸浪は魁春でございますので、いつも申しますよう、慣れが出ぬよう心して勤める所存でございます。
若君のため他人の子を殺すのですし、松王は殺させるために自分の子を寺入りさせる。考えれば、恐ろしいことでございますが、「せまじきものは宮使い」という台詞が源蔵のすべてを語っている気がいたします。
菅秀才は千之助ちゃんで小太郎は玉太郎、一ヶ月恙無く勤めてほしく思っております。初日は千之助ちゃんより、おじいちゃんおばあちゃん(松島屋ご夫妻)がドキドキしていたように見受けました。

「八重桐廓噺」は、大きいおじさん(三代目時蔵丈)の五十年追善演目となっております。
お孫さん,曾孫さん達にまじって、煙草売り源七を勤めます。
おじさんには子供のころに可愛がってもらった記憶がございますので、追善演目に出させていただくこと、嬉しく思っております。
まえに神谷町の兄さん(芝翫丈)の八重桐で勤めておりますが、なんとなく情けないようなところがある、理屈では出来ないお役でございます。いわゆる優男ですが、最後はきりっとしたところを見せなくてはいけないと考えております。
こういうお役は為所も少ない難しいお役で、考えすぎると手も足も出なくなります。見ている方が納得してしまう、いわゆる風情で演じることができればと思っております。


歌舞伎座の建替えも発表となり、初舞台から親しんだ劇場に別れる寂しさはございます。 ただ、いまの建物で大きな地震がきたら命に関わることでございますから、致し方ないのでしょう。建物の正面が変わらぬことと、舞台の寸法、音響が変わらぬことを願っております。
音響が一番難しいとのことですが、歌舞伎の劇場ですのでお役所が新建材でないものにも許可を出していただきたく思っております。


私もしばらく歌舞伎座の舞台が続くようですので、皆さまも歌舞伎座にお出ましいただきたく存じおります。
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