ひとりごと 〜 04/11 (1)

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初日が開いて、4日たってしまいました。原稿提出が遅れ申し訳ございませんでした。
11月、楽の翌日にゆっくりと書くつもりでおりましたが、24日に京都先斗町の籠本のおかあさんが亡くなり、葬儀出席のため26日急遽京都に参りましたため遅くなってしまいました。
例年より遅い紅葉の観光客で人も車もあふれている京都は、顔見世とは思えない暖かさですが、私にとっては寂しい京都になってしまいました。父の若い頃からのご贔屓で、先斗町きっての踊りの名手だった方です。芝居のことも良くご存知で絶妙な間で声を掛けくださり、舞台後の批評も勉強になりました。時にはしかられたこともございますが、父の亡くなったあとも親身になって私達兄弟のことを心配してくださいました。初日を楽しみに、新しい洋服を買って待っていてくださったのに残念でなりません。
初日の舞台、おかあさんの大向こうが聞こえてくるような気がいたしました。おかあさんのいない先斗町は何か空気が違う気がしますが、おかあさんに叱られないよう、心して今月の舞台を務める所存でございます。

その今月の舞台ですが、海老蔵襲名披露ということもあり京の顔見世らしい顔合わせです。最近序幕が多いので、早く目が覚めるようになってきてはおりますが(誰ですか? 年のせいと言う方は!)、普段より30分早い10時半開きですので、芝居ができる身体に整えるのに気を使います。
「箱根霊験誓仇討」飯沼勝五郎 ― この作品は昭和53年以来、26年ぶりの上演でございます。差別用語といわれる言葉が台詞に入っていることもあり掛けられずにいた狂言でございますが、昔はよく上演されていた作品で古典として優れております。今回台詞を少し直して公演できるようにいたしましたが、できることでしたら原本のまま、古典の作品として大切に伝えて行きたい作品でございます。26年前の上演の折の舞台(勝五郎=中村屋のおじさん[勘三郎丈] 上野・筆助の二役=高麗屋のおじさん[白鸚丈] 初花=亡父[歌右衛門])も少しは目に残っておりましたが、幸いビデオも残っておりましたので確認することができました。この様な古典は江戸と関西では遣り方が違い、共演の松島屋ご兄弟はお若いときの勉強会で先代のおじさんの指導でなさったとのことですが、私は父や中村屋のおじさんの型を参考にしております。私以外の出演者は関西の方ですので、江戸風との兼ね合いを3日間の稽古で作り上げるのは大変な作業でございました。しかし、ご一緒する機会の多い方々でもございましたので、脇役の方も含めチームワークもとれ、良い芝居にという意気込みの感じられる稽古をすることができました。初日を無事開ける事が出来、やりがいのある芝居に出演できたこと、嬉しく思っております。
「隅田川」舟長 ─ 亡父歌右衛門が海外公演を含めて何百回と演じた作品でございます。清元の舞踊として今の形を作り上げましたのは、父と、亡くなった先の藤間御宗家でございました。清元志寿太夫お師匠さんの唄での父の踊りは、国境を越えて人々の心をうち、涙をさそいました。父は本当にこの作品が好きで、大切にしておりました。この作品が顔見世に取上げられましたとき、鴈治郎兄さんも高子お師匠さん(前宗家)も私に「とても兄さんのようにできないから、自分なりに変えてもよろしいか?」と聞いていらっしゃいましたのには、驚きもございましたが、父と父の作り上げた作品を大切に思ってくださっておられることが嬉しく、感謝の思いでございました。稽古が始まり、初日が開きましてもご自身が納得できない点を、後輩の私にご相談くださる姿勢に頭が下がる思いでおります。そして、舟長に私をご指名くださり、出演できますことに感慨深いものがございます。父が大切に思っておりました「隅田川」という作品が、消えてしまうのではなくこれからも踊り継がれて、古典舞踊となればと存じます。
「口上」─ 新海老蔵さんへのお祝いの気持ちは勿論ですが、夏雄さん(團十郎丈)が元気に舞台に立っていることは本当に良かったと、嬉しくご一緒させていただいております。同級生の仲間として喜んでおりますが、同じ同級生の松助が稽古中に具合が悪くなり帰京し心配しております。段四郎さんを含め同じ年。皆、身体に気を付けなくてはいけない年代になっているのですね……。
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