ひとりごと 〜 03/01 (2)

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さて、松竹座での私の舞台でございますが、昼の部で「将軍江戸を去る」の徳川慶喜と口上。
「将軍江戸を去る」は、松竹座に初出演いたした時にも我當兄さんの山岡鉄太郎で務めております。今回は伊勢の守に、 秀太郎兄さんがご出演くださりました。
この作品も眞山先生の作品で、大阪では寿海のおじさんの舞台を覚えておられる方が多くおられるので緊張いたしますが、 気持ち良く演じられる作品の一つでございます。
ただ 自分だけが気持ち良く演じていてもお客様に何も伝わらず、作品にならないことがあり、それが難しいところかと 存じます。

「口上」は先輩の大幹部さん、それも関西出身の方のみの出演となりましたが、上品なそして前に述べたように 愛情あるものとなりありがたいことでした。
私は以前でしたら父が申すようなことを述べる立場となったことに、改めて責任を感じる月となりました。
口上ではございませんが、父の教えを守って兄弟力を合わせ精進いたす覚悟でございますれば、今後とも御指導御後援の程 偏にお願い申し上げる次第であります。

夜の部は「義賢最期」 。折平実は多田蔵人は、二十年前に南座で今回と同じに仁左衛門さんの義賢で務めております。
理屈無しに楽しめる歌舞伎らしいお芝居だと思います。こういうお芝居はあまりむつかしいことを考えるのではなく下品に ならない様、そしておおらかに、それらしく演じることが大切かと思います。
私の役のあの赤と浅黄色の衣裳の奴は本当に歌舞伎らしいお役ですし、これこそ気分良く演じるお役といえるのでは ないでしょうか。
「道成寺」は父が踊っておりました頃は何度か後見で出ておりますが、坊主には久しぶりに出演いたしました。
何日目でしたでしょうか、「舞」という言葉が舞尽くしの前にとんでしまいあわてました。父だったら後で雷だったと思います。

私は7時頃、弟は7時半頃身体があきました。
今年は6日まで正月休みでしたし、大阪はえべっさん(東京ではえびす様)が終わるまでは静かとのことで、10日ごろまでは ご招待も無く過しておりました。その後は弟の襲名なのですが、私も御一緒にと 連日のようにご招待が入ってしまいました。
弟はえべっさんの日に宝恵籠(ほいかご)に乗りましたが、宝恵籠というものもこの時期に大阪に来て始めて知りました。 えべっさんの日、街行く方々が笹に色々な飾りを付けたのを持って歩いておられました。弟子の話ですと、祭りに行きますと 笹は入り口でくれるそうですが、それに飾りがどんどん付いていき、黙っていると大変高いものになるとのことでした。 東京人はうれしく付けてもらい後でビックリする方が多いとのことです。
東京のお酉様と同じよう商売繁盛のお祭りで大阪ではお酉様は聞かないとの話です。
大阪と京都は京阪で30分とはいっても、さすがに京都まで遊びに行くことはありませんでしたが、京都からは芝居見物に祇園、 先斗町を始めお客様がいらしてくださいました。舞子ちゃんや若い芸妓さん方がお支度して来て下さるとそれだけで客席が 華やかになります。そんな日にいらした東京からのお客様が、得したとおっしゃってられましたが、関西ならでの風情かと 存じます。
関西の方は勿論のこと、東京はじめ 遠くからも大勢様ご見物くださり、本当にありがとうございました。


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