ひとりごと 〜 02/12 (3)

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回想 〜 平成14年(9月〜12月)

さて、のんびりとした後の9月は四役のフル回転となりました。
新歌舞伎の「佐々木高綱」と「怪談牡丹灯篭」の新三郎を初役で務めました。 高綱は今までの新歌舞伎のお役と少し傾向が違いましたので面白くもございましたが、一面難しく感じました。
夜の部では「籠釣瓶花街酔醒」の栄之丞。これは父の八ツ橋で何度も演じていた頃には間夫に見えず苦労いたしましたが、 今回は少しはそれらしく見えるようになりましたでしょうか?
あと一役は「女夫狐」の塚本狐。結構身体を使う踊りでしたので、二ヶ月の休みがこたえました。
月末は先代藤間宗家の追善と勘祖・勘十郎襲名舞踊会で、「須磨の写絵」の行平を新勘祖高子さんと踊りました。

10月は松緑襲名披露。松緑おじさんには勘平や勝元を教わった思い出が、父君先代辰之助丈とは同じ年なので、新松緑丈の お祝いには出演したく思っておりましたのが、名古屋御園座でかないました。「毛谷村」六助、「毛抜き」の桜町中将。 そして「土蜘蛛」の頼光で新松緑丈と共演いたしました。
楽の翌日には、西川茂太郎さんの累で与右衛門を躍らせていただきました。

11月・12月は、最初に申し上げたとおり、本興行以外のイベントもあり、 気分転換にもなりましたが冷や汗もかきました。

今年は私にとって哀しいこともありました。
3月に駒助さんが父の後を追って無くなったこと。私の初舞台の年に父の内弟子として入門し、渋谷の宇田川町の家で 一緒に暮らし、私たち兄弟とカウボーイごっこやチャンバラごっこしてくれた人です。この数年、体調をくずしては おりましたが、一年祭を前にして逝ってしまったのは、父が呼んだように思えてなりません。
7月には松島屋のおばさんが旅立たれました。先に亡くなったおじさんは梅玉襲名を本当に喜んでくださいました。 おばさんには上方の作品のとき、衣装を見立てていただいた思いでもございますし、ご夫妻にはとてもかわいがって いただきまいした。まだまだ、お元気でいていただきたかった方です。
そして11月には亡くなった母の娘時代、中村流の踊りのお師匠さんだった成文お師匠さんが亡くなりました。 父と母が出会うきっかけを作った方で、子供の頃から私たち兄弟を孫のように見守ってくださった方でした。 九十七歳のお年に不足はないのですが、寂しい限りです。
まだ信じられない気持ちでおりますのは、高円宮様。とても気さくなお方で、私よりお若いのですが、 芝居に対するご批評は大変参考になり、他の面でもお教えいただくことが数多くございました。父とともに 時間を忘れて芝居の話をさせていただいたこと、琴平のホテルやつくし亭でお食事を一緒にしたことなど、思いでは つきません。父の亡くなりましたときもすぐにお使いの方をお遣し下さり、お慰めいただきました。早すぎるご逝去に 申し上げる言葉もございません。只々、ご冥福をお祈り申し上げております。


長くなってしまいましたが、あともう少し、お許しください
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